Chapter1 除染ってなに?福島県白河市ってどこ?
さっそくですが、“除染”とは、地表面や建物に付着した放射性物質を取り除き、空間線量を低減させる作業のこと。
2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質は、福島県を含む東日本の広い範囲に拡散し、地域によっては、事故以前と比べて、高い空間放射線量が観測されました。私達が安心して暮らすために、国や県、市町村が、空間放射線量を低減させるため、この“除染”を行ってきました。
そして今回は白河市の除染について話したいと思うのですが、白河市ってどこ?知らないからパスといって読まずにスルーしてほしくないので、そんな皆さんに白河市について簡単に説明したいと思います。
福島県の南に位置する白河市は昔、関所があったことから‘’みちのくの玄関口‘’と呼ばれています。福島第一原子力発電所から約80km離れたところにあります。人口は約6万人ほど。平成17年に平成の大合併によって旧表郷村、旧大信村、旧東村が白河市と合併し、いまの白河市となりました。白河を代表するものといえば、小峰城や白河ラーメンがあります。(あまり大きな声で言えませんが)同じ福島の鶴ヶ城や喜多方ラーメンの影に隠れがち。でも白河の小峰城や白河ラーメンも有名なので、この機会にぜひ覚えていただき、白河に足を運んでみて下さい!
白河のこと、少しでも分かっていただけたでしょうか?それではそろそろ本題のほうを話していきたいと思います。なぜ私が白河市の「除染」について記事を書いたのか。
除染のニュースは正直地味なものになってしまい、なかなかテレビや全国の新聞では報道されません。除染が終わっても目に見えるような変化はあまりないですし、目に見えない変化はテレビやYouTubeでは映しづらい。だから、除染がいつどのように行われ、それまでに何があって、そしてどのように終わったのか、分からない人が多いと感じていました。そんな人達に白河市が除染を終えるまでの5年半で何を行ったのかということを知ってほしいのです。震災や原発事故なんてもう過去のことだからどうでもいい。被害を受けた方は忘れたいと思う人もいるでしょう。でもそれはいけないと思います。なぜなら私は「一方的な被害者」ではいけないと思うから。
私は「ふくしまからはじめよう。キビタン交流事業」で滋賀県立彦根東高校新聞部の皆さんと交流活動を行っていました。その中で、彦根市を訪れたとき、新聞部が行う募金活動に参加しました。彦根東高校新聞部では現在も福島に関する記事を掲載しており、例えば2017年3月号では福島・震災特集として全ての記事が福島や震災に関する記事でした。彦根から白河への帰りの新幹線で「新聞部の皆さんは募金や福島を記事で伝えることをしているのに、福島に住む私は何もやっていない。これっておかしい。」と思いました。
私たちも何かアクションを起こさなければならない、その一つが震災から今までのなかで、テレビで伝えられていないことを伝えることだと思いました。前回の交流では白河市の除染についてお話を聞く機会があり、彦根東高校新聞部の記事にもなりました。彦根東高校新聞部の皆さんが書いているのに、白河の高校生が書いている白河市の除染の記事はない。ならば私が、白河市の除染を伝える記事を書きたい。白河市の除染はこの記事を読めばわかるように、2本の記事にわけて、わかりやすくまとめました。
Chapter2 除染がはじまるまで
そもそもなぜ、白河市が除染作業を行うことになったのでしょうか。
2011年(平成23年)3月に起こった東京電力福島第一原子力発電所事故をうけて、国は8月に放射性物質汚染対処特措法を公布しました。これによって白河市は汚染状況重点調査地域に指定。指定された市町村は汚染状況についての調査測定の結果などに基づき、除染実施計画を定めて、除染を実施する区域を決定します。この特措法と、法に基づく除染実施計画のもと、白河市は除染を行うことになりました。
2011年に事故が起こってから、実際に除染作業が行われるまでの期間は何が行われていたのでしょうか?事故後すぐに、除染に関する予算が専決処分され、2011年6月の定例議会で承認されました。また、線量低減化活動支援事業として補助金を交付し、PTAやボランティアが校庭の表土を剥ぎ取る、通学路の洗浄をするなど線量を下げるための軽度の除染を行いました。これが白河市の除染の事業のスタートです。
また、線量低減化活動支援事業として補助金を交付し、市民であるPTAやボランティアが校庭の表土を剥ぎ取る、通学路の洗浄をするなど線量を下げるための軽度の除染を支援しました。事故発生直後は、市だけで除染を行うには限界があったため、PTAやボランティアなどに協力をお願いしました。この時点では先ほど言った放射性物質汚染対処特措法も除染に関する方針も出ていません。国は法律を制定させるための審議を行っています。法律を制定されるためにはある程度の時間がかかります。そんな中、白河市ではまず子供たちに関わっている場所の除染をいち早く始めました。
次に除染実施計画を立てます。これがないと本格的な除染は始められません。白河市が除染実施計画を立てる際には、優先順位がありました。
- 市のモニタリング調査の結果から空間線量の高い地区を優先実施。大信地区→旧市内→表郷地区→東地区の順に実施。
- その中でも、市民の生活空間を優先し、さらに子供や妊婦の生活空間である学校や公園などの教育施設を優先して実施。
まず線量の比較的高い地区を先行して除染を開始、その地区の中でも公的施設や線量に応じて優先順位を決めて、除染作業が進められました。
ここでより具体的に話すために、個人の住宅や宅地を対象とした宅地除染を例に具体的な除染作業までの流れを説明します。宅地除染ではまず、空間放射線量を測定します。汚染状況重点調査地域の指定の基準となる毎時0.23μSv/h(マイクロシーベルト・パー・アワー)の数値が検出された場合、除染実施同意書が各家庭に送付。そして同意を得た世帯を対象に除染の作業が行われます。白河市内では、のべ14713件もの除染が行われました。その際に、除染を行う世帯それぞれに個人カルテを作りました。医師のカルテと同じようなものです。医師のカルテには患者の情報が詰まっていますよね。このカルテには対象とする宅地の航空写真に除染を行う区画や測定地点の空間放射線量などの情報が詰まっていて、除染前・除染後の管理が徹底されていることが分かります。このカルテをもとに除染を行います。土木関連の会社18社が集まり、白河市除染支援事業組合が結成され、この組合が除染作業を担当します。このような経緯を経て、いよいよ本格的に除染がスタートします。
Chapter3 さあ、除染をはじめよう
除染を行うにあたっては、国が定めた目標(除染ガイドライン等を参照)があります。その目標ってどのように決まったの?って気になりますよね。
例えば、目標のひとつに「将来的には市民に係る追加被ばく量を年間1ミリシーベルト(1mSv/year)以下にすることを目標にします」というものがあります。年間1ミリシーベルトというのは、私たちが日常生活の中で被ばくして受けている1日の放射線量の1年間分とほぼ同じ、場合によってはそれよりも低い値です。ちなみに、日本人の年間平均被ばく線量は2.1ミリシーベルトです。この1ミリシーベルトという数値は放射性物質汚染対処特措法に基づく基本方針により規定されており、この規定は国際放射線防護委員会の「公衆の追加被ばく線量限度として年間1ミリシーベルトの考え方」に沿っています。「公衆の追加被ばく」というのはわたしたちが日常的に浴びている放射線量とは別に、追加で、浴びた放射線量のことです。
つまり除染の目標値は、適当に決めているわけではなく、根拠があるということ。ここで勘違いしてほしくないことが、この数値を超えたからといって、これ以上被ばくしたらすぐに身体に影響があるというわけではないということ。(※編集部注:1ミリシーベルトという数値は、放射線防護措置を効果的に進めるための目安で、「これ以上被ばくすると健康被害が生じる」という限度を示すものではありません。「安全」と「危険」の境界を意味するものでもありません。/出典:低線量被ばくのリスクに関するワーキンググループ報告書)
この目標の達成を目指し、除染が行われました。先ほど言った通り、《線量の高い地域→低い地域》、《教育施設→公共施設》、《住宅→商業施設・工場・農地》の優先順位で除染が行われました。事故後のモニタリング調査でホットスポットと呼ばれる線量が高い場所と低い場所に振り分け、線量の高い場所では優先的に実施されました。
実際の除染作業は、どのような作業なのでしょうか。
放射性物質による被ばく線量を下げるには大きく三つの手順があります。
まず、取り除く。放射性物質が付着した表土を削り、落ち葉や枝葉は除去し、建物は洗浄します。次に遮る。放射性物質を土やコンクリートで覆い、放射線を遮ることで空間放射線量を減らします。最後に遠ざける。放射性物質を遠ざけることで放射線の強さは弱まり、人への被ばく線量を下げます。
このうち、住宅や公共施設や公園など、実際に人が住んでいる空間で行う作業は「取り除く」作業が主になります。 例えば、裏庭の表土のはぎ取り。草が生えていれば草刈りをし、表土を数センチ削ります。削った表土のかわりには、汚染されていない土を敷きます。側溝では草や土、堆積物を丁寧に取り除きます。生垣があれば、枝や葉に放射線物質が付着している場合は、刈り込みます。このような作業が、宅地除染の具体的な作業です。
実際に行っていた方に、お話を聞きました。
白河市は除染事業者のマニュアル違反の事例等もなく、計画通りに進みました。しかし、例えばこんな小さなトラブル(?)はあったそうです。
除染を行うにあたって、同じ市内の除染作業でも国、県、市と除染の実施者が違います。国が管理する公共施設や道路は国が除染を担当するということです。しかし、白河市にある国の施設で、白河市が除染を行うものだと思い込んでいた施設があり、国施設から白河市へ除染をいつ行うのかといった問い合わせがあったという話がありました。国の施設は国が除染をするという方針が、除染を担当する環境省ではない省庁には行き届いていなかったからです。
こうした小さなトラブルもありましたが、市役所の担当部署が一丸となって取り組み、除染を進めていきました。
実際に除染を行って空間放射線量がどのくらい減少したのか。平成23年度から、平成28年度までの、白河市の空間放射線量の推移をまとめたマップがあります。
除染と合わせて自然減衰の効果もあり、平成23年度のデータと比べるとほぼすべての地域が一番低い色分けになっています。放射性物質には半減期というものが存在し、時間がたつと減少し、また時間がたつと減少するのです。特に最初のモニタリング調査で高かった大信地区も除染後は市内の他の地域と同じ数値に下がっており、除染に効果があったことははっきりと分かります。こうして、平成28年度には、白河市内の宅地除染、住宅の数にすると14720戸の除染が終了し、白河市の除染は一区切りを迎えます。
街や住宅、学校から取り除かれた放射性物質を含む土壌や草木はどこに保管されているのでしょうか。
後編は、白河市が設置した「仮置き場」、そしてその安全を管理する方のお話を伺います。